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2025年度 ナラティブ意識学ワークショップ
「脳・言語・意識」

 私たちの豊かな意識経験を脳はどのようにして形作っているのでしょうか?その深遠な問いを探究するための一つの有望なアプローチが、内観への詳細なアクセスを介して豊かな意識経験を言語報告(ナラティブ)として取り出し、定量化したうえで脳の情報処理と結びつけるナラティブ意識学の方法論です。この方法論を確立するためには、脳、言語、意識それぞれを扱う多様な研究分野の探究を、高度かつ有機的に融合させる必要があります。
 本ワークショップは、脳、言語、意識のいずれかをテーマに探究を進める、神経科学、心理学、認知科学、知能情報学、言語学、哲学などの他分野にわたる研究者を一同に集め、学際的な意見交換と議論の場を提供することを目的としています。本ワークショップが、脳・言語・意識の異分野融合研究を促進し、ナラティブ意識学の創成へとつなげるとともに、豊かな意識経験を形作る脳内メカニズムの解明への大きな一歩となることを期待しています。

日時:2025年11月21日(火)10:15〜17:25

開催形式:ハイブリッド
 現地会場:東京大学本郷キャンパス理学部1号館(中央棟)337A号室 https://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_06_01_j.html
 オンライン:Zoom(接続情報は後日お知らせいたします)

参加費:無料

参加登録用URLhttps://forms.gle/CexASdB6xD4YT7tH7 ※現地参加、オンライン参加によらず事前の参加登録が必須です。
参加登録期限2025年11月18日(火)

主催:科研費学術変革領域(B)「ナラティブ意識学の創成」

オーガナイザー:西田知史(情報通信研究機構/総務省)、新川拓哉(神戸大学)、谷中瞳(東京大学)
連絡先:y-kobayashi [at] nict.go.jp:小林勇輝(情報通信研究機構)

タイムテーブル

10:15〜10:20 開会の挨拶
10:20〜11:10 招待講演:柴田 和久(理化学研究所)「身体パフォーマンスや運動スキルを制御する無意識の脳情報処理過程」
11:10〜11:20 休憩
11:20〜12:10 招待講演:和泉 悠(南山大学)「悪いナラティブの言語哲学:非人間化レトリックとプロパガンダ」※オンライン登壇
12:10〜13:30 昼食
13:30〜14:20 招待講演:森口 佑介(京都大学)「子どもの主観的経験とその構造」
14:20〜14:30 休憩
14:30〜15:20 招待講演:抱井 尚子(青山学院大学)「多声性がひらく混合研究法―数値とナラティブをつなぐ統合の知―」※オンライン登壇
15:20〜15:30 休憩
15:30〜16:20 招待講演:石川 翔吾(静岡大学)「ナラティブに基づく認知の探究:ニューロダイバーシティを手がかりに」
16:20〜16:30 休憩
16:30〜17:20 招待講演:石津 智大(関西大学)「まだ言葉になっていない美的な価値」
17:20〜17:25 閉会の挨拶

招待講演の紹介

柴田 和久(理化学研究所 人間認知・学習研究チーム チームディレクター)

身体パフォーマンスや運動スキルを制御する無意識の脳情報処理過程

私たちはなぜ、感情や意欲をコントロールできず、思うがままに能力を発揮することができないのだろうか。この「ままならなさ」の背後には、ヒトの認知・行動・身体制御の多くを司る潜在的・無意識的な脳情報処理が存在する。本トークでは、この無意識の脳情報処理に関するわれわれの最近の知見を2つ紹介する。第一に、身体パフォーマンスの限界は、同時に実施する独立な認知課題への従事によって突破し得る。第二に、運動技能の潜在的な再活性により、その技能をさらに強化することができる。これらの知見は、意識的気づきが伴わない状況でも、ヒトの技能や能力の限界は暗黙的・潜在的に変化し得ることを示している。

和泉 悠(南山大学 人類文化学科 准教授)

悪いナラティブの言語哲学:非人間化レトリックとプロパガンダ

本発表では、個人や社会にとって、何らかの意味で有害となりうるナラティブの例を検討する。自分や他人を非ヒト動物にたとえる言説は、何気ない日常会話から過激なヘイトスピーチにいたるまで数多く存在する。そのような非人間化のレトリックは、根本的には階層的序列関係を表現するものであると主張する。また、言語哲学的観点から、政治的プロパガンダにはどのような特徴が備わっているかを議論する。

森口 佑介(京都大学 文学研究科 教授)

子どもの主観的経験とその構造

子どもと成人では感覚器官や神経系の構造が異なるため、同じ対象を見ていても主観的経験が異なる可能性がある。しかし、言語が未発達な子どもの主観的経験を直接検討することは容易ではなく、これまで十分に研究されてこなかった。講演者は、言語への依存を極力抑えた心理物理学的実験を用いて、幼児期から児童期にかけての主観的経験とその構造を明らかにし、成人との相違を検討してきた。まず、短時間呈示刺激に対する「見える/見えない」判断を用いた検討では、幼児・児童でも弁別成績は高水準である一方、成人に比べて閾値が高いことが示された。次に、「何が見えたか」だけでなく経験の質的な内的構造に迫るため、言語に依存しない類似度判断によって色経験の構造を推定する子ども向け課題を開発した。その結果、幼児でも一定の信頼性で遂行でき、色経験の構造は年齢や文化を超えて概ね共通していた。これらの結果を踏まえ、子どもの主観的経験とその構造について議論する。

抱井 尚子(青山学院大学 国際政治経済学部 教授)

多声性がひらく混合研究法―数値とナラティブをつなぐ統合の知―

混合研究法(mixed methods research: MMR)は、単一の調査や研究プロジェクトにおいて、量的・質的データの両方を統合することで、研究課題に関する包括的知識の構築を目指す。このような知識は、ときに量的データと質的データの矛盾によって生み出されることがある。さらに、2つのデータの間の齟齬は、ナラティブがもつ可能性を浮き彫りにする。米国のMMR研究者Elizabeth Creamer(2021)は、齟齬を理論発展の契機とするこのような知識構築のあり方を「破裂的理論化(rupture theorizing)」と呼ぶ。本講演では、実際の研究事例を通して、量的データと語られた経験の相互作用やズレから、新たな理解がどのように導かれるのかを示す。

石川 翔吾(静岡大学 情報学部 准教授)

ナラティブに基づく認知の探究:ニューロダイバーシティを手がかりに

ニューロダイバーシティの観点は,感覚処理・注意・認知等の多様性を通じて,人の知能の理解に新たな仮説を与える.ヘルスケアの文脈では,脳の複雑なダイナミクスを踏まえ,当事者の視点を重視し,当事者とケアプロフェッショナルが共にケアをする道が模索されている.本発表では,当事者のナラティブを認知過程の観測変数として扱い,知能の計算モデルにおけるミッシングリンクを探究する.対人関係の中で生成される現在進行形の視点(対人的ナラティブ)と,内観に基づく自己・症状の表象(内的ナラティブ)という二つの側面に整理し,AIやVR技術がどのように貢献し得るかについて,それぞれの取り組みを紹介する.

石津 智大(関西大学 文学部 総合人文学科 心理学専修/大学院心理学研究科 教授)

まだ言葉になっていない美的な価値

神経美学では、様々な美学的・芸術的経験について、認知脳科学の視点から研究しています。しかし、わたしたちの感性は多様であり、いまだ言葉で表現されていないものもありそうです。本トークでは、悲劇芸術から感じられるような「悲哀美」に焦点を当て,心理実験や脳機能研究を紹介します.悲哀美とは,悲哀と美の単純な足し合わせなのか,まだ言葉になっていない美的な価値について考えたいと思います。